東京都中野区のプロテスタントの教会 キリスト集会
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花かご

歎異抄と福音 -21-

回心(心を回す=方向転換)とは,それまで神に背を向けて来た人が、180度方向転換をし、神を仰ぎ見る生き方に変えられることを言います。そこには悔い改めが伴いますが、懺悔・反省と言うより、水と霊によって新たに生まれることです …

歎異抄と福音 -20-

このように、わたし自身は心では神の律法に仕えていますが、肉では罪の律法に仕えているのです。  (ローマ7章25節)  歎異抄第15条は、この世と来世の違いを「信じることと悟ること」と分けて、この世で完全な悟りに …

歎異抄と福音 -19-

歎異抄第14条には、これまで犯してきた数えきれない罪と悪を消して、往生できるために念仏を称えることの是非が記されています。臨終の時どのようであるかが死後の在り方を決める、と思いがちです。それまでの生き方がどのようであれ、 …

歎異抄と福音 -18-

では、どうなのか。わたしたちは、律法の下ではなく恵みの下にいるのだから、罪を犯してよいということでしょうか。決してそうではない。   (ローマ6章15節) 「律法の下では罪は罰せられるが、恵みの下ではキリストの故に赦され …

歎異抄と福音 -17-

歎異抄第12条には、信仰と学問の関係が記されています。そして、学問以上の信仰が語られています。この原理はキリスト教に於いても然りです。主イエスも、「ただ信じなさい。そうすれば救われる」と言われました(ルカ8章50節)。理 …

歎異抄と福音 -16-

歎異抄第11条には、単純に、素直に信じている一文不通の人々を惑わすことへの戒めが記されています。昔は一文不通と呼ばれる、字の読めない人がいました。つい、そうした人々を馬鹿にしたり、自分の知識をひけらかす者がいたからです。 …

歎異抄と福音 -15-

心を尽くして主に信頼し、自分の分別には頼らず、常に主を覚えてあなたの道を歩け。(箴言3章5-6節)  歎異抄を1条ずつ読んでいますが、今回は第十条です。念仏には、無義をもって義とす。不可称・不可説不可思議の故に …

歎異抄と福音 -14-

あなたがたに神の言葉を語った指導者たちのことを、思い出しなさい。彼らの生涯の終わりをしっかり見て、その信仰を見倣ないなさい。(ヘブライ13章7節) 冒頭の聖句は、初代教会に於ける指導者たちのことです。具体的な名前は記され …

歎異抄と福音 -13-

主において常に喜びなさい。(フィリピ4章4節)  信仰と喜びの関係について述べたのが、歎異抄第9条です。弟子の唯円が親鸞におずおずと尋ねました。「念仏を唱えても、うれしくて躍り上がるような気持になれません。どう …

歎異抄と福音 -12-

あなたがたの中で善い業を始められた方が、キリストイエスの日までに、その業を成し遂げてくださると、わたしは確信しています。  (フィリピ1章6節) 上記聖句の、善い業とは信仰を指します。信仰を始めたのは、決断した私だと思い …

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