東京都中野区のプロテスタントの教会 キリスト集会
ブログ

月別アーカイブ: 2024年11月

歎異抄と福音 -19-

歎異抄第14条には、これまで犯してきた数えきれない罪と悪を消して、往生できるために念仏を称えることの是非が記されています。臨終の時どのようであるかが死後の在り方を決める、と思いがちです。それまでの生き方がどのようであれ、 …

建徳 2024-12-01

2024年11月24日 主日礼拝 ①マルコ6章3節:この人は、大工ではないか。マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。姉妹たちは、ここで我々と一緒に住んでいるではないか。 イエス様は神であったのに、私 …

歎異抄と福音 -18-

では、どうなのか。わたしたちは、律法の下ではなく恵みの下にいるのだから、罪を犯してよいということでしょうか。決してそうではない。   (ローマ6章15節) 「律法の下では罪は罰せられるが、恵みの下ではキリストの故に赦され …

建徳 2024-11-24

2024年11月17日 主日礼拝 ①ヤコブの手紙2章34節:人は行いによって義と認められるのであって、信仰だけによるのではないことが分かるでしょう。 この手紙の著者のヤコブは、イエス様の兄弟で(マタイ13章55節)、特定 …

歎異抄と福音 -17-

歎異抄第12条には、信仰と学問の関係が記されています。そして、学問以上の信仰が語られています。この原理はキリスト教に於いても然りです。主イエスも、「ただ信じなさい。そうすれば救われる」と言われました(ルカ8章50節)。理 …

建徳 2024-11-17

2024年11月10日 主日礼拝 創世記23章2節:サラは、カナン地方の…ヘブロンで死んだ。アブラハムは、サラのために胸を打ち、嘆き悲しんだ。 先月の聖書講習会では、キリスト同信会初期の足跡を辿る日程で同信会墓地を訪ね、 …

歎異抄と福音 -16-

歎異抄第11条には、単純に、素直に信じている一文不通の人々を惑わすことへの戒めが記されています。昔は一文不通と呼ばれる、字の読めない人がいました。つい、そうした人々を馬鹿にしたり、自分の知識をひけらかす者がいたからです。 …

建徳 2024-11-10

2024年11月3日 主日礼拝 ①マタイ6章5,6節:あなたが祈る時は、奥まった自分の部屋に入って、戸を閉め、隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。 隠れた所=人には気づかれない所に神は居られて、隠れた祈りに耳を …

歎異抄と福音 -15-

心を尽くして主に信頼し、自分の分別には頼らず、常に主を覚えてあなたの道を歩け。(箴言3章5-6節)  歎異抄を1条ずつ読んでいますが、今回は第十条です。念仏には、無義をもって義とす。不可称・不可説不可思議の故に …

建徳 2024-11-03

2024年10月27日 主日礼拝 ①モーセが神様に約束の地に共に行ってくださいと願った時の幕屋は簡素なもので、モーセは顔と顔を合わせて神様と話した(出エジプト33章7~11節)。しかし、出エジプト記の最後で完成した臨 …

  • Facebook
  • Hatena
  • twitter
  • Google+
PAGETOP
Powered by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.