東京都中野区のプロテスタントの教会 キリスト集会

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歎異抄と福音 -14-

あなたがたに神の言葉を語った指導者たちのことを、思い出しなさい。彼らの生涯の終わりをしっかり見て、その信仰を見倣ないなさい。(ヘブライ13章7節) 冒頭の聖句は、初代教会に於ける指導者たちのことです。具体的な名前は記され …

建徳 2024-10-27

2024年10月20日 主日礼拝 ①マタイ5章1~4節:幸いだ!と、主イエスは語り出されています。それが文の冒頭の言葉です。山上の教えは、「幸い」という言葉で始められています。幸い=神の祝福。それを与えるために、主は最初 …

歎異抄と福音 -13-

主において常に喜びなさい。(フィリピ4章4節)  信仰と喜びの関係について述べたのが、歎異抄第9条です。弟子の唯円が親鸞におずおずと尋ねました。「念仏を唱えても、うれしくて躍り上がるような気持になれません。どう …

建徳 2024-10-20

2024年10月13日 主日礼拝 ①創世記33章3~4節:ヤコブは…地にひれ伏した。エサウは走ってきてヤコブを迎え、…共に泣いた。20年ぶりの感動的な再会だ。「放蕩息子」のたとえ話を想起させるが、これは主が先行してヤコブ …

歎異抄と福音 -12-

あなたがたの中で善い業を始められた方が、キリストイエスの日までに、その業を成し遂げてくださると、わたしは確信しています。  (フィリピ1章6節) 上記聖句の、善い業とは信仰を指します。信仰を始めたのは、決断した私だと思い …

建徳 2024-10-13

2024年10月6日 主日礼拝 ①マタイ17章5、6節:ペトロがこう話しているうちに、光り輝く雲が彼らを覆った。すると、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者。これに聞け」という声が雲の中から聞こえた。弟子たちはこ …

歎異抄と福音 -11-

イエスは言われた。「『できれば』と言うか。信じる者には何でもできる。」(マルコ9章23節) 半信半疑の父親に向かって、主イエスは上記のように言われた。信じる者には何でもできる、と。何でもという言葉に疑問を持つかも知れませ …

建徳 2024-10-06

2024年9月29日 主日礼拝 ①ヨハネ14章27節:わたしの平和を与える。わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない。  世界で局地的な戦争が拡大する状況下で、平和の理念に基づく五輪が開催された夏、日本は敗戦後7 …

歎異抄と福音 -10-

あなたがたは「先生」と呼ばれてはならない。あなたがたの師は一人だけで、あとは皆兄弟なのだ。 (マタイ23章8節)  これは、群衆と弟子たちに語られた主イエスの言葉で、律法学者らが「先生」と呼ばれていたことが背景 …

建徳 2024-09-29

2024年9月22日 主日礼拝 ①創世記32章25節:何者かが夜明けまでヤコブと格闘した。この何者かとは受肉前の主イエスだと思う。ヤコブは兄エサウの復讐が怖かった。それで主と格闘するかのように、必死に主の助けを祈り求めた …

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