浜田耕司郎のブログ「ありがとう」
勇気と知恵
2021年5月3日 浜田耕司郎のブログ「ありがとう」
勇気を持て。雄々しくあれ。恐れてはならない。おじけてはならない。(歴代誌上 2章13節) ある精神医学者には大学の医学生時代から大切にしてきた思い出がある。「私が大学二年生の時、ある特別講義の最中、一人の学生が立ち上がり …
一日は千年のごとし
2021年5月2日 浜田耕司郎のブログ「ありがとう」
愛する人たち、このことだけは忘れないでほしい。主のもとでは、一日は千年のようで、千年は一日のようです。(Ⅱペトロ3章8節) 一日が24時間なのは、みんな平等です。大人も子どもも、男性も女性も同じです。しかし、時間って色々 …
露のように
2021年4月22日 浜田耕司郎のブログ「ありがとう」
私はイスラエルにとって露のようになる。(ホセア14章6節・聖書協会共同訳) 露のようにわたしはイスラエルに臨み、彼はゆりのように花開き…(同上・新共同訳) 私=神。神はイスラエルである人間に対して露のようだとあります。露 …
パスカルの賭け
2021年4月12日 浜田耕司郎のブログ「ありがとう」
人間にはただ一度死ぬことと、その後に裁きを受ける事が定まっている… (ヘブライ9章27節) パスカル(1623年~1662年)は『パンセ』の中で、「パスカルの賭け」と呼ばれる断章を書きました。神は目に見えな …
いのちの歌 ~何よりも大切なもの~
2021年4月5日 浜田耕司郎のブログ「ありがとう」
人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか。自分の命を買い戻すのに、どんな代価を支払えようか。(マタイ16章26節) 冒頭の聖句は、主イエスの言葉です。どんなに大金を稼ぎ、全世界を …
ダチョウの話
2021年3月26日 浜田耕司郎のブログ「ありがとう」
(駝鳥は)その雛(ひな)を自分のものではないかのようにあしらい 自分の産んだものが無に帰しても平然としている。 神が知恵を貸し与えず、分別を分け与えなかったからだ。(ヨブ記39章16、17節) ダチョウ博士と言われる塚本 …
繊細さん
2021年3月24日 浜田耕司郎のブログ「ありがとう」
すると主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分発揮されるのだ」と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。(2コリント12章9節) 自 …
春の喜び
2021年3月9日 浜田耕司郎のブログ「ありがとう」
ごらん、冬は去り、雨の季節は終わった。 花は地に咲きいで、小鳥の歌うときが来た。 この里にも山鳩の声が聞こえる。(雅歌2章11,12節) 「季節のない街」と歌われる大都会の東京、小さくはあっても季節感はあります。四季折々 …
信じるということ
2021年3月3日 浜田耕司郎のブログ「ありがとう」
人は心で信じて義とされ、口で公に言い表して救われるのです。(ローマ10章10節) 1859年、チャールズ・ブロンディンという綱渡りの達人がニューヨーク・タイムズに一本の広告を打ったという。なんとナイアガラの滝に一本の綱を …
それはあなたの言ったことだ
2021年2月26日 浜田耕司郎のブログ「ありがとう」
イエスを裏切ろうとしていたユダが口をはさんで、「先生、まさかわたしのことでは」と言うと、イエスは言われた。「それはあなたの言ったことだ。」(マタイ26章25節) 私たち夫婦は毎朝、聖書を一緒に読んで一日を始めます。日課の …
