歎異抄の後序に、「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人のためなりけり」とあります。五劫思惟=とても長い時間、思考を重ねて人々を救おうとの願い。よくよく考えてみると、それは全く、この親鸞一人のためであった。何と有り難いことか、と親鸞聖人はよく仰っておられた。そのことを、唯円(歎異抄の著者)は懐かしく、しみじみと思い出して、後序に記したのです。親鸞は自分の罪深さ、愚かさを誰よりも分かっていました。だから、地獄こそ我が住みか、と述べています。そんな親鸞を救うために五劫という無限に近い長い時間をかけて、御心に入れて下さった。なんということでしょうか。ここに、信仰の理解が示されています。
生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです。わたしが今、肉において生きているのは、わたしを愛し、わたしのために身を献げられた神の子に対する信仰によるものです。 (ガラテヤ2章20節)
「わたしたち」と述べていたのが、「わたし」に変わっています。信仰は私の問題だからです。キリストは私一人の罪のために、十字架で死なれたとの自覚、それを親鸞は述べた。全世界・全人類を救うために、一切の罪を身代わりに背負って死なれたのがキリストの十字架ですが、それが実は、私一人のためであった、と実感する瞬間があります。その時、私の全身が共鳴し、キリストの愛に刺し貫かれました。
以上の事から、親鸞とパウロが重なっているのは、偶然ではありません。歎異抄が福音を示しているからです。「ただ自己と如来と一対一になること。私の為唯私一人のために救いはある。……私のため、如来が血を流し、骨を砕いて私の為に救いを建ててくださったのを、今日まで何とも思わずに暮らしておるのである。何が罪だというて、これ以上の罪悪はない。このような罪悪深重の私を五劫いな十劫以来、倦(う)みもせず、捨てもせぬ弥陀のことを思えば、何というてよいやら、ただもう、頭がぼんやりしてしばらくは恍惚として、ただ泣いていた」(暁烏敏『歎異抄講話』)。
私の父は熱心な浄土真宗の門徒で、毎晩、仏前に家族全員座らせ、父が読経しました。私はその父の背中を見ていました。無意識の中ですが、その父の背中から、偉大な絶対者の存在を教えられ、それが後に私のキリスト信仰に道を拓いてくれたと思っています。神の摂理の御手の働きを、そこに見る思いです。