イスラエルは一家を挙げて旅立った。そして、ベエル・シェバに着くと、父イサクの神にいけにえをささげた。その夜、幻の中で神がイスラエルに「ヤコブ、ヤコブ」と呼びかけた。 (創世記46章1,2節)

22年前、息子ヨセフに「兄さんたちが元気にやっているか、羊の群れも無事か見届けて、様子を知らせておくれ」と、父ヤコブは言いました。兄たちへの食糧を持たせ、ヨセフが出かけて行くのを弟のベニヤミンと共に見送りました。数日すれば戻って来るものと思っていました。ところが、それっきりヨセフは戻って来ませんでした。そして、ヨセフは野獣に噛み殺されたと聞かされます。しかし遺体は無い。血の付いた衣服だけ。それ以外、何も分からない。最愛の息子を奪われた親の気持ちは、立ち上がれない程の悲しみ。時間の経過と共に、諦めへと変わっただけ。それが突然、ヨセフが生きている、しかもエジプトで偉い人になっていると知らされます。まさか、でも、そうであってほしい。はやる気持ちで、ヨセフに会いに行く旅支度をします。ここにいても飢え死にするばかりだから、一家を挙げて旅立ちます。一家の人数は総勢70人(46:27)。エジプトに下る道筋にあるベエル・シェバに着くと、そこで礼拝を捧げます。その夜、眠ろうとすると、神が幻の中から語りかけます。

「わたしは神、あなたの父の神である。エジプトへ下ることを恐れてはならない。わたしはあなたをそこで大いなる国民にする。わたしがあなたと共にエジプトへ、わたしがあなたを必ず連れ戻す。ヨセフがあなたのまぶたを閉じてくれるであろう。」(463-4節) 

46章8-27節に一族70人の名前が列記されています。70は完全数です。旅を続けてどのくらいの時間がかかったのかは記されていませんが、一行はエジプトのゴシェンの地に到着します。一方、ヨセフはどうしていたのでしょうか。次のように記されています。

ヨセフは車を用意させると、父イスラエルに会いにゴシェンへやって来た。ヨセフは父を見るやいなや、父の首に抱きつき、その首にすがったまま、しばらく泣き続けた。イスラエルはヨセフに言った。「わたしはもう死んでも良い。お前がまだ生きていて、お前の顔を見ることができたのだから。」 (4629-30節)
最も感動的な出会いを、神は用意されていました。