2026年7月12日
主日礼拝

福音の主は、私たちを何から救い出し、何に対して勝利して下さるのか。創世記三章の時から人類が受け継いできた「原罪」は、現実のあらゆる罪の根源であり、「神のようになり、善悪の笏をふるいたい」と無意識に思い上がり、創造主の主権的恩寵から外れ(「的外れ」罪の定義),「肉の欲、目の欲、暮らし向きの自慢」を満たしたいと願う。私の敵は私自身の内側の「人知を超えた、天上の悪霊」。人の自助努力では到底勝利できない。「神の武具」により、信徒達が互いに福音の主を熱心に証し合い、御霊による祈りを互いに励ます交わりが、主を栄光に輝かせ、主の主権的な勝利に喜び沸く私たちの命綱である。      (高橋)

イエスは苦しみもだえ、いよいよ切に祈られた。汗が血の滴るように地面に落ちた(ルカ2244)。
3時ごろ、イエスは大声で叫ばれた。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である(マタイ2746)。この世で人として生きられたイエス様は、十二弟子の無理解、弟子ユダの裏切り、十字架上の激痛の中での父神様に見捨てられる苦しみを味わわれた。実はそのお苦しみは、私自身の父神様への背きの罪、神の御子のお命による償いしかないほどの重い罪を贖って下さるためだったのだ。(北原)

③ヨブ12章:ヨブは家族を喪い、酷い病気に罹ります。その原因は、天上での神とサタンとのやり取りにあったのですが、それを神は最後までヨブに明かされません。それを知らされていない地上では、ヨブと友人らが果てしない議論を続けます。それは私たちも同じで、天上のやり取りは隠されています。だから、どうしてこういう事が起きたのかの説明を求めて占いに目を向けますが、そうではなく、尋ねるべきはキリストの十字架と復活が示す深い意味にあります。ヨブは最後に、そこに至り、真の解決を得たのです。それを示すのがヨブ記です。       (浜田)

先週,東京集会で行われた礼拝で録音された建徳です。

 (建徳 2026-07-12 高橋姉、北原兄(19:00)、浜田兄(26:30))