2025年8月24日
主日礼拝

ルカ1720-21節:ファリサイ派の人々が、神の国はいつ来るのかと尋ねたので、イエスは答えて言われた。「神の国は、見える形では来ない。『ここにある』『あそこにある』と言えるものでもない。実に、神の国はあなたがたの間にあるのだ。」
 ヨハネ1135節:イエスは涙を流された。イエス様は、神の国は今すでに実現していると教えました。その完全な喜びを知っても、私たちの毎日には悲しみが起こりえます。これは、真理と現実が乖離(かいり)しているからです。イエス様もそのために涙を流されました。しかし、真理と現実は、やがて調和を回復します。黙示録212節:更にわたしは、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために着飾った花嫁のように用意を整えて、神のもとを離れ、天から下って来るのを見た。イエス様がその日を待望しているので、弟子である私たちも、完全な喜びをもって地上を歩むことができます。           (中山Y)

創世記12章13:神はアブラムに⑴住む土地⑵満天の星のような子孫⑶あなたは祝福の源となる、と約束しました。しかし現実は、実現が困難に思われる状況でしたが、アブラハムは神を信じました。⑴そして信仰によって一歩を踏み出しました。⑵ローマ418-22彼は不信仰に陥って神の約束を疑うようなことはなく、…神は約束したことを実現させる力も、お持ちの方だと、確信していたのです。信仰の継承。主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます(使徒1631節)。これは神の約束だから、必ずそうなります。それを信じることです。⑶祝福を受け継ぐ=ガラテヤ3章13,14節。アブラハムに与えられた祝福が私たちのものになるのは、呪いをキリストが代わって受けてくださったからです。主の十字架を通して、アブラハムに繋がります。      (浜田)

 礼拝讃美歌196番:♫茨の道 踏み分け 荒野を行く わが身に 憂きや怖れ 繁くあれと 天ぞ われらの家なる。

先週,東京集会で行われた礼拝で録音された建徳です。

 (建徳 2025-08-24 中山y兄、浜田兄(12:30))