万軍の主はこう言われる。四月の断食、五月の断食、七月の断食、十月の断食はユダの家が喜び祝う楽しい祝祭の時となる。あなたたちは真実と平和を愛さねばならない。 (ゼカリヤ8章19節)
ゼカリヤは紀元前520年頃の預言者です。ペルシア王が支配した時代で、ユダの人々がバビロンに捕囚されてから70年が経っています。上記の言葉は、当時の民衆が敗戦の日を記念して行っていた4回の断食に触れています。私たちには何のことか直ぐには理解できませんが、当時の人々には月だけで分かりました。具体的には、次のようです。4月9日:バビロン軍によってエルサレムが陥落した日。5月10日:神殿が焼かれた日。7月:バビロンが遣わした総督であるゲダルヤが暗殺され、混乱した日。10月10日:エルサレムがバビロン軍に包囲された日です。以上4つ全部、バビロン軍によって国が破れ、破壊された日です。そうした日を忘れないために、設けられた記念日です。断食し、罪を悔い改めました。
同じようにわが国では8月15日を始め、東京大空襲があった3月10日と言う日が記憶されています。原爆が投下された8月6日と9日もそうです。ただその日を、戦争との関係でどのように受け止めるかです。
ゼカリヤは主の言葉として「これまで長年実行してきたように、5月にも7月にもあなたたちは断食し、嘆き悲しんできた。こうして70年にもなるが、果たして、真にわたしのために断食してきたか」と語り、(7章5節)。そして、「これからは,喜び祝う楽しい祝祭の時としなさい。あなたたちは真実と平和を愛させねばならない」と、民衆に語りかけています。それが冒頭の聖句です。悲劇的な記念日に、断食をして嘆き悲しんできたが、その日が喜び祝う楽しい祝祭の時となる、と言われています。どういう事でしょうか。ゼカリヤは何を指さしているのでしょうか。同時代のネヘミヤの言葉:今日は、我らの主にささげられた聖なる日だ。悲しんではならない。主を喜び祝うことこそ、あなたたちの力の源である(8章10節)。罪を悲しむだけでは喜びは生まれません、罪を贖い救ってくださる主キリストに目を向け、その主を賛美し喜ぶなら、悲しみから立ち上がる力、悲劇の向こうにある救いを得ることができます。私たちは、限りなく真実で、平和の源である救い主を信じ、愛する者でありたい。
戦後80年の今、そのことを強く思わされています。
