ヨセフは自分の侍医たちに、父のなきがらに薬を塗り、防腐処置をするよう命じたので、医者はイスラエルにその処置をした。そのために40日を費やした。この処置をするにはそれだけの日数が必要であった。           (創世記50章2,3節)

暑い国だから、遺体はすぐ腐敗する。ヨセフは悲しみに沈む間もなく必要な実際的な処置に移った。そして、70日の喪が明けると、ヨセフはファラオに父の埋葬について願い出ます。「カナンの土地に用意してある先祖の墓に葬ってくれ」と父は私に誓わせました。

一行はヨルダン川の東側にあるゴレン・アタドに着きそこで非常に荘厳な葬儀を行った。父の追悼の儀式は七日間にわたって行われた。   (50章10節)

テレビで見る国葬が思い出されます。戦車や騎兵も共に上って行く光景は、まことに盛大な行列。ヤコブの子や孫だけでなく、エジプト人の重臣たちや長老たちすべてが参列しています。エジプトからヨルダン川の東側までの道を進みます。ヨセフにとっては、40年ぶりの帰国でした。17歳のとき故郷から連れ去られ、それから40年。ヨセフが故郷に滞在したのは7日間で、その儀式の間にあちらこちら見て回り、子供時代に見た光景を思い出していた。過ぎ去った歳月を懐かしく思ったに違いない。そして、先祖の眠る墓に父を葬った後、一緒に来たすべての人々と共にエジプトへと帰っていくヨセフ。自分もここに葬られたい、先祖の列に加えられたいと願った。どんなにエジプトで成功したとしても、エジプト人にはなり切れなかった。故郷のことはすべて忘れよう、と決めたヨセフでしたが、体の中を流れる血はヘブライ人の血でした。

葬りと墓の問題。どこに葬られたいか。人によっては、散骨して墓などなくて良いと言う。が聖書の民は墓を重んじ、先祖の列に加えられるのを求めます。ダビデ王朝にヨラム王がいます。彼は内臓の病に苦しみ喘ぎながら死にました。32歳で王となり、8年間エルサレムで王位にありましたが、その死を惜しまれることもなく、世を去っています。その遺体はダビデの町に葬られましたが、王の墓には納められませんでした(歴代誌下21:20)。ここを読んで、衝撃を受けました。
人は生きてきたように死んでいく、と言われます。そうなったのは、彼の行いの故だと聖書は告げています。