エジプトの国に7年間の大豊作が終わると、ヨセフが言ったとおり、7年の飢饉が始まった。その飢饉はすべての国を襲ったが… (創世記41章53、54節)

飢饉一年目は、蓄えで何とかしのいだ。しかし、2年目には蓄えが尽きた。エジプト全国にも飢饉が拡がり、民はファラオに食物を叫び求めました。すると王は、「ヨセフの許に行って、ヨセフの言うとおりにせよ」と命じます。ヨセフはすべての穀倉を開いて、エジプト人に穀物を売った。国民にも、ただでは与えませんでした。もし、ただ(無料)で与えていたら、すぐに貯蔵庫は底を尽いたに違いない。ここにもヨセフの知恵が見えます。2年目を過ぎた頃、イスラエル地方でも飢饉が激しく人々は飢えた。エジプトに穀物がある、との噂は周辺諸国に知られていた。

ヤコブは、エジプトに穀物があると知って、息子たちに「どうしてお前たちは顔を見合わせてばかりいるのだ」と言い、更に、「聞くところでは、エジプトには穀物があるというではないか。エジプトへ下って行って穀物を買ってきなさい。そうすれば、我々は死なずに生き延びることができるではないか」と言った。        (42章1,2節) 

兄たちには弟ヨセフをエジプトへ売った記憶は22年経ようとも、今も鮮明でした。だから、顔を見合わせてばかりいて、エジプトへ行くのを渋っています。そんなこととは知らない父は、エジプト行きを命じます。そこでヨセフの10人の兄たちは、エジプトから穀物を買うために下って行った(3節)。「ヨセフの10人の兄たち」とあって、「ヤコブの10人の息子と言われていないのは、兄たちもずっとヨセフのことを気にしていたから。この時、10人の兄たちと末っ子ベニヤミンがヤコブの息子でした。父ヤコブはヨセフのように失うことを恐れて、末っ子はエジプトに同行させませんでした。小説なら心理描写をしますが、聖書はエジプトへ向かう兄たちの心理描写を一切記さないで、他の人々に混じって穀物を買いに出かけた。カナン地方にも飢饉が襲っていたからである(5節)、とだけ述べています。読者である私たちは、揺れる兄たちの心情を推測します。10人の兄たちはエジプトでヨセフに会うことになろうとは、想像もしませんでした。しかしヨセフは兄たちと再会することを予期していました。だから総理大臣でありながら、外国人の接見役に自ら赴いたのです。そのように私たちと主イエスとの出会いも、神の備えが先にあったのです。