正義が造り出すものは平和であり
 正義が生む出すものは
 とこしえに安らかな信頼である。 (イザヤ32章17

 戦争の反対は平和です。いつの時代にも平和が切望されるのは、悲惨な戦争に直面したときです。それは聖書の時代も現代の今も変わりません。旧約聖書では平和はシャロームという言葉が用いられています。この語は、日常生活における代表的なあいさつですし、祝福の言葉として多用されています。イスラエル人にとって平和は神が造るものであり、神こそ平和の源です。平和は神との正しい契約関係であり、神との正しい関係が破れると平和も破れます。冒頭の聖句にあるように、正義(義)=正しい関係を表す言葉。本来、神と人は正しい関係でした。その結果、人と人との関係も争いが無かったのです。しかし、堕罪によって、先ず神との間に断絶が生じました。それは人と人との断絶、疎外を生じさせました。そこに戦争の根本原因があります。それは罪と言い換えられますが、それが解決されない限り、政治的な働きさえ空しいのです。

2つの世界大戦を契機に生み出されたのが国際連盟と国際連合です。「われら連合国の人民は、われらの一生のうちに二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救い、…これらの目的を達成するために、われらの努力を結集することに決定した」(国際連合憲章の冒頭-1945年6月に作成)。しかし、世界は今もなお悲惨な戦争を続けており、国際連合の力で平和は実現していません。ここで思い出すべきは、戦争は人間の心の中から起こることです。シャロームという欠けのない完全な状態をさす平和は戦争のない状態だけでなく、不義や虚偽がないこと、つまり、健全で公正な義で支配される神から来るということです。平和の君であるイエス・キリストが救い主として再臨され、世界を支配される御国を待ち望みます。それだけではなく預言者イザヤが神からのヴィジョン「彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない」(2章4節)に続けて、「ヤコブの家よ、主の光の中を歩もう」(5節)と記した言葉に注目したいのです。罪は闇ですが、全世界は今や罪の闇に覆われています。しかし、光は厳然として輝いています。ですから、その光である主イエス・キリストの光を受けて、世の光、地の塩として私たちは生きたいものです。