2026年10月11日
主日礼拝
①イエスはどんな人だったのでしょうか。まずイエスは優しい人でした。イエスは、出会う全ての人を愛しました。イエスは、マルタとその姉妹とラザロを愛しておられた(ヨハネによる福音書11章5節)。次にイエスは正しい人でした。偽善者たちを激しく糾弾しました。蛇よ、蝮の子らよ、どうしてあなたたちは地獄の罰を免れることができようか(マタイによる福音書23章33節)。またイエスは最高の教師でもありました。イエスの教えは完全でした。群衆はこれを聞いて、イエスの教えに驚いた(同22章33節)。さらにイエスは実行の人でした。大きな力がイエスから出て人々の病をいやしました。目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、らい病を患っている人は清くなり、耳の聞こえない人は聞こえ、死者は生き返り、貧しい人は福音を告げ知らされている(同11章5節)。イエスはこのような人でした。しかしそれだけではありません。イエスは神の子でした。 (中山C)
②ヨハネ2章1-11節:婚礼の席で、お客に出すぶどう酒がなくなります。裏方にいた母マリアは真っ先に息子イエスの許に行き、「ぶどう酒がなくなった」と窮状だけを告げ、それ以上は黙します。すると主は、「それが私と何の関りがありますか」と一見冷たく退けるように答えます。それでも母は召使いに、「この人が何か言いつけたら、その通りにしてください」と頼みます。信頼があるからです。私たちも同じ不足に遭遇します。そんな時、自分の思う方法で神を動かそうとしていないでしょうか。しかし私たちの思いを超えて、主イエスは不思議な方法で私たちの必要を満たしてくださいます。私たちのすべてを明け渡した結果です。水を極上のぶどう酒に変えられたイエスさまは、私たちにもそれ以上のことをしてくださいます。 (浜田)
先週,東京集会で行われた礼拝で録音された建徳です。
(建徳 2026-10-11 中山C兄、浜田兄(11:30))
