ヤコブは、息子たちに命じ終えると、寝床の上に足をそろえ、息を引き取り、先祖の列に加えられた。 (創世記49章33節)
臨終の直前、ヤコブは「先祖の墓に葬ってほしい」と遺言しました。聖書の時代は土葬が普通で、火葬は例外でした。先祖の列に加えられるためにも、エジプトではなくカナンの地に埋葬してほしいと願ったのです。ヤコブの最期は大往生と呼べるもので、子や孫らを一人ひとり祝福し、遺言しています。しかし、エジプトに来るまでの130年の生涯は、苦しみと悲しみに満ちていました。父を欺き、兄の祝福を奪ったため、夜逃げする羽目に陥りました。母の実家に身を寄せましたが、おじラバンに欺かれ、都合よく扱われます。更には、自分の息子たちに欺かれ、ヨセフのことで悲しみ続けました。ヤコブはイスラエルと改名されましたが、肉的な側面を強く持つヤコブと、神に勝利した信仰的なイスラエルという名が前後に交錯して記されています。最後まで霊と肉との葛藤の強かったことが、暗示されています。しかし、ヨセフとの涙の再会を経て、エジプトに移住してからのヤコブの晩年は、幸せそのものでした。神への祈りと瞑想、人生の回顧と反省とに日々を過ごしました。そして、その死は崇高で高貴であった、と思われます。死の時を自覚すると、自ら衣服と姿勢を整え、寝床の中に真っ直ぐ足を収めています。彼の両目はもはや視力はありませんでしたが、その表情は天を仰ぎ、今まさに人生の終幕の報告を、自らの創造主に告げようとしていました。死の直前まで、彼の意識は明瞭でした。
ヨセフは父の顔に伏して泣き、口づけした。 (創世記50章1節)
これより17年前、ヨセフの住むエジプトに、一家を挙げて移住すべきか逡巡していた時、神は、ヤコブよと呼びかけ「エジプトへ下ることを恐れてはならない。わたしがあなたを大いなる国民にする。わたしはあなたと共にエジプトへ下り、わたしがあなたを必ず連れ戻す。ヨセフがあなたのまぶたを閉じてくれるであろう」と約束されていました(46章3,4節)その通りに、ヨセフが父ヤコブのまぶたを閉じました。そしてヨセフは父ヤコブの顔に伏して泣き、口づけます。この時、ヨセフには様々な思いがあったでしょう。それについては何も記さず、読者の想像に委ねています。
