2026年5月10日
主日礼拝
①71歳で一人暮らしをしている私は、今年2月、雪道で転倒し歩けなくなりました。病院では骨折はないと言われましたが、強い痛みに苦しみました。独り身であるため、動けなくなった時の不安や孤独を強く感じました。しかし、教会の姉妹が買い物を助けてくれ、また一組の夫妻が多くの食料を送ってくださり、大きな支えとなりました。この経験を通して、高齢者が病気やけがに備える大切さと同時に、心の支えの重要性を考えさせられました。聖書は「人がひとりでいるのは良くない」(創世記2:18)と語り、神が孤独の中でも共にいてくださると約束しています。また、教会の交わりの中で互いに支え合うことの大切さも教えています。たとえ独り暮らしでも、神と信仰の仲間によって、私たちは決してひとりではありません。しかも、それが世の終わりまで続くと、イエス様が約束されているのです(マタイ28:20)。感謝。 (小山)
②ヨハネ20章31節:「イエスが神の子メシアだと信じて、イエスの名により命を受けるため」に書かれたのが聖書だと使徒ヨハネは言った。ヨハネ福音書の特徴は4つある。(1)他の福音書と構成が異なること。「イエスさまの受洗」や「主の晩餐」など重要な記事を載せていない。なぜか?理由の一つはヨハネが主と行動を共にすることが多く、他の3人が知らないことも知っていた。二つ目は著作年代が最も遅く、3人が書いたこととの重複を避けた。(2)自らを「イエスの愛する者」と言い、自分の名を伏せ、主に読者の視線が注がれることを第一にしたこと。(3)しかし、「イエスを愛する者」とは言わなかったこと。あくまでも主に愛されていると証しした。人は愛されていることを知って、初めて愛することができるのだ。(4)著作目的が明示されていること。それが冒頭の聖句だ。聖書を研究し、知識を蓄えるのではなく、主の十字架の愛を信じて救われるかどうかが問われているのだ。 (人見)
先週,東京集会で行われた礼拝で録音された建徳です。
(建徳 2026-05-10 小山兄、人見兄(19:00))
