これらのことの後で、ヨセフに、「お父上が御病気です」との知らせが入ったので、ヨセフは二人の息子マナセとエフライムを連れて行った。(創世記48章1節)
ヤコブたちの住んでいるゴセンの地は、ヨセフが国政を執務していた場所から50キロも離れていました。父の最期が近いことを知らされたヨセフは、二人の息子を連れて父を見舞った。ヨセフ到着の知らせを聞くと、イスラエルは力を奮い起こして、寝台の上に座った。渾身の力を振り絞って、床の上に座わりました。父親であるから寝たままでも構わないであろうに、ヤコブは正座したのです。それは人生のけじめを迎える者の態度でした。何か心迫る思いになります。息子であったとしても、ヨセフは別格でした。ヨセフは救い主のような存在に、今はなっていたのです。死んだと思っていた息子ヨセフとの涙の抱擁をした17年前のことが、今も脳裏にはあったに違いありません。今、ヨセフは二人の息子を父の許に連れて行きます。死ぬ前に、祝福してもらうためでした。その時、ヤコブは二人を産んだ妻リベカのことを思い出し、ヨセフに向かって、次のように言いました。
「わたしはパダンから帰る途中、ラケルに死なれてしまった。あれはカナン地方で、エフラトまで行くには、まだかなりの道のりがある途中でのことだった。わたしはラケルを、エフラト、つまり今のベツレヘムへ向かう道のほとりで葬った」(48章7節)と。
ヤコブにはラケルという正妻と側女ビルハ、姉レアと側女ジルパの4人から生まれた12人の息子がいました。長男は姉レアから生まれ、ラケルがヤコブに産んだヨセフは11番目でした。その時、ラケルは、「神が私の恥をすすいでくださった」と言いました。それからいろいろな出来事があり、ヤコブ念願の帰郷の途中で妻ラケルはベニヤミンを出産します。その喜びは、妻ラケルの死という悲しみで覆われてしまう。ラケルは最後の息を引き取ろうとするとき、その子をベン・オニ(私の苦しみの子)と名付けたが、父はこれをベニヤミン(幸いの子)と呼んだ。ラケルは死んで、エフラタ、すなわち今日のベツレヘムへ向かう道の傍らに葬られた。ヤコブは、彼女の葬られた所に記念碑を立てた。それは、ラケルの葬りの碑として今でも残っている。(35章18~20節)最愛の妻を喪った悲しみは、何年経とうとも忘れることはできない。
