イスラエルは死ぬ日が近づいたとき、息子ヨセフを呼び寄せて言った。「もし、お前がわたしの願いを聞いてくれるなら・・・実行すると、誓ってほしい。どうか、わたしをこのエジプトには葬らないでくれ。わたしが先祖たちと共に眠りに就いたなら、わたしをエジプトから運び出して、先祖たちの墓に葬ってほしい」(創世記47章29、30節)

私にはまだ死ぬと言う仕事がある、と三浦綾子姉は夫によく言っていました。死ぬ前に人として、しておくべきことがある、と。自分の葬儀への指示と、後に遺される者たちへの配慮の2つがそれです。それをヤコブは理想的な形でしたことが創世記に記されています。上記の聖句は、自分の葬りのへの指示で、死期の近づいた147歳の父の頼みです。最も信頼するヨセフに自分の最期を託す父。その願いに、ヨセフが「必ず、おしゃるとおりにいたします」と答えると、「では、誓ってくれ」と言ったので、ヨセフは誓った。イスラエルは、寝台の枕元で感謝を表した」(31節)。ヨセフへの感謝であったし、神に感謝を表したとも受け取れます。この時のヤコブは、もう以前のヤコブではない。だから、イスラエルと明記されています。人を欺くヤコブではなく、神と戦って勝利したイスラエルとしての姿があります。147歳=100+40+7で、聖書的には完全数を3個重ねます。彼はもう十分過ぎる上にも十分なほどに、生き切ったことがこの数字に象徴されています。だから、もう生に執着することはなく、また死を恐れることもなかったのです。ここで、前述の三浦綾子姉に戻ります。

三浦綾子姉は晩年、パーキンソン病という難病と長く闘いながら、執筆も困難になるほどの状態にありました。その中で彼女は、「わたしにはまだ死ぬという仕事がある」と語りました。ここでの「仕事」とは、キリスト者としての使命感に根ざした言葉でした。生涯を通して、「神の愛を伝えるために書く」 という信仰を持っていました。“生き方そのもの、そして死にゆく姿を通して神の愛を証しする” という新しい使命を感じたと考えられます。「死」を通しても、なお語り続けられるという確信。彼女は、自分の死が、なお誰かを励まし、神の愛を伝える働きになる と信じていたのです。誰もが死を迎えます。それをどのように受け止めるか。そこに、使命を見い出したいものです