(これまでのこと)創世記37章から始まるヨセフの物語を読んでいます。17歳の時、兄たちはヨセフをエジプトに奴隷として売ってしまいます。更には、エジプトで仕えた主人の妻(女主人)からの誘惑を拒絶したため、冤罪で牢に入れられます。そのような辛い時期、主はヨセフと共にいて彼を支えました。誠実な仕事ぶりによって、ヨセフは牢獄内でも信頼されます。ある日、エジプト王の高官2人が投獄されます。その世話を任されたのがヨセフでした。2人は夢を見ますが、その意味が分からないため、ふさぎ込んでいたのです。「今日は、どうしてそんなに憂鬱な顔をしているのですか」とヨセフは尋ねます。すると、夢を解き明かしてくれる人がいない」と2人は答えます。

ヨセフは、「解き明かしは神がなさることではありませんか。どうかわたしに話してみてください」と言った。                 (創世記40章8節)

ヨセフはその夢を聞き、祈り、解き明かしをします。そこでまず給仕役の長が自分の見た夢を話します。するとヨセフは、すぐにその意味を解き明かします。三本は三日で、三日後にあなたは元の職務に復帰できます、と。そして、こう付け加えます。

「ついてはあなたがそのように幸せになられたときには、どうかわたしのことを思い出してください。わたしのためにファラオにわたしの身の上を話し、この家から出られるように取り計らってください。わたしはヘブライ人の国から無理やり連れてこられたのです。また、ここでも、牢屋に入れられるようなことは何もしていないのです。」                            (40章14,15節)

ここを読むと、ヨセフの必死さが伝わって来て、胸を突かれます。これまでずっと沈黙を守り続けて来たヨセフですが、一縷の望みを王の最側近という地位のあるこの人に託したのです。すると、もう一人が自分の見た夢を話し出します。こちらは正反対の解き明かしでした。その三日後、王の誕生祝いの日、2人の高官は王の前に引き出されます。そして、ヨセフが解き明かした通り、給仕役の長は以前と同じ地位に復帰し、もう一人は木に架けらました。疑いが晴れ、牢から解放されたその高官は、ヨセフに礼を言い、世話になったから王にお前のことを話し、ここから出られるように取り計らう、とヨセフに約束したに違いない。ヨセフは期待して、待った。ところが、いつになっても、その日は来なかった。
ところが、給仕役の長はヨセフのことを思い出さず、忘れてしまった。(40章23節)自分が牢獄から釈放される時にはヨセフに約束したのに、そのことをすっかり忘れてしまいます。だから、待てど暮らせど何の音沙汰もありません。それから2年後、ファラオは夢を見ます。そして、家臣にその解き明かしを求めますが誰もできません。