2025年12月21日
主日礼拝
①ルカによる福音書1章39~56節:主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。マリアが突然に受胎告知され、急いでエリザベトに会いに行く場面です。マリアの賛歌は、マグニフィカト(ラテン語であがめるの意)と呼ばれ、ハンナの祈り(サムエル記上2章)と共通点が多いと言われています。その内容は、前半はマリアの個人的な感謝を捧げ、後半では「主を畏れる者」つまり、全イスラエルの契約の成就を預言しています。この箇所で印象的なのは、エリザベトは「私の主」、マリアも「私の救い主」と「私の」と呼びかけているところです。この箇所を私と神様の関係として受け取るならば、「私の主がおっしゃったことは必ず実現すると私が信じたならば、なんと幸いでしょう。」となります。クリスマスを私の救い主が来られたと私が信じるならば、心から喜ぶことが出来るのではないでしょうか。 (小林)
②Ⅱコリント8章9節:あなたがたは、わたしたちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は豊かであったのに、あなたがたのために貧しくなられた。それは、主の貧しさによって、あなたがたが豊かになるためだったのです。
キリストが私たちのために貧しい者となられたのがクリスマスです。神であるキリストが私たちの代わりに貧しい立場に身を置き、本来私たちが支払うべき罪の罰を身代わりに受けてくださったことによって、私たちは富む者、永遠のいのちの祝福にあずかる者とされました。「キリストがベツレヘムに1000回も生まれたとしても、キリストがあなたの心にお生まれにならないなら、あなたのたましいは救われない」と言われます。キリストを私たちの心にお迎えすること、これこそがクリスマスの祝い方です。 (浜田)
礼拝讃美歌467番:御座をも惜しみなく 離れたまいて救い主 人となり 来たりたまいぬ 主よ わが心に 畏み迎えん。
先週,東京集会で行われた礼拝で録音された建徳です。
(建徳 2025-12-21 小林兄、浜田兄(15:00))
