ヤベツの祈り:系図が連綿と続くの中に置かれています。

またヤベツがイスラエルの神に、「どうかわたしを祝福して、わたしの領土を広げ、御手がわたしと共にあって災いからわたしを守り、苦しみを遠ざけてください」と祈ると、神はこの求めを聞き入れられた。      (歴代誌上4章10節)

26年前、「ヤベツの祈り」はキリスト教会に受け入れられ、ブームになりました。彼のように祈れば、成功と繁栄が手に入るかのように語られました。冒頭にある彼の祈りは、御利益を求める祈りに似ています。神の祝福、領土(事業や財産)の拡大、災いや苦しみが来ないようにと願っているからです。しかし、御手が私と共にあって、そうして下さいと祈っている点が重要です。神の祝福がなければ、どんなに頑張っても空しいとヤベツは知っています。祈りを、欲しいものを取り出す打ち出の小槌とは考えていません。

ヤベツ=痛み、苦しみの意。彼を産んだ母は、自ら苦しんだことから、ヤベツと命名しました。ヤベツは生まれた時から、負を背負わされて育ったのです。にもかかわらず彼は、兄弟たちの中で最も尊敬されました。具体的な内容は分かりませんが、ヤベツと言う名前に伴う宿命や暗い過去に支配されませんでした。それらを克服したのが、「ヤベツの祈り」です。

歴代誌上1~8章には、アダムから始まる長い系図が記されています。名前、名前、名前と続く中に、突如「ヤベツは…」と彼の祈りが出て来ます。そして、神は彼の願いを聞き入れられた、とあります。そもそも歴代誌は、国が滅んで捕囚になった後、失意の民に向けて書かれた書です。先祖から続いて来たものは終わってしまったのではないことを、系図で示しています。ヤベツの祈りは、そのような苦境の中に沈み込んでいる人々を奮い立たせました。旧約の大きな歴史を示す系図の中に、一人の小さな祈りを神は聞かれたことを示しています。ヤベツが祈ったのは、イスラエルの神に向けてで、神の民全体の歴史の中に彼の祈りは配置されています。私を私を…と自己中心的に見えますが、それは歴代誌の読者である捕囚民の切実な願いでした。その求めを、神は聞き入れられたのです。これは、私たちへの励ましでもあるのです。

冒頭に掲げた彼の祈りを、口ずさんでみましょう。彼の背景を知って祈ると、違った響きがしてきます。