ハンナ:心を注ぎ出す祈り
「いいえ、祭司様、違います。わたしは深い悩みを持った女です。ぶどう酒も強い酒も飲んではおりません。ただ、主の御前に心からの願いを注ぎ出しておりました。」 (サムエル上1章15節)
ハンナはエルカナの妻として愛されていましたが、どうしても子どもに恵まれません。そのため、ペニナが第二夫人に迎えられ、彼女は次々と子どもを身ごもります。そして、子を産めないハンナに意地悪をしました。そんな辛いことが何年も続きました。ある年、ハンナはシロの聖所で、悩み嘆いて主に祈り、激しく泣きました。そのように祈り続けるハンナを見た祭司エリは、てっきり酒に酔っていると思い違います。その時、ハンナがエリに言ったのが冒頭の聖句です。主の御前に、心からの願いを注ぎ出す祈りをしていたのです。ハンナは主の御前で、心からの願いを注ぎ出して、ひたすら祈り続けました。心の中にある恨みや苦しみなどを、洗いざらい全部注ぎ出したのです。徹底した真剣さで、自分の内にある思いや願いのすべてを主に申し上げ、祈りのうちに自分自身と格闘していたのです。それが心を注ぎ出す祈りですが、酒に酔っているように見えました。本当は、聖霊に満たされていたのです。私たちもハンナのように、主の御前を覚え、心の内のすべてを注ぎ出す祈りへと、押し出されたいものです。ともすると適当な所で祈るのを止め、中途半端に終わりやすいからです。
そこでエリは、「安心して帰りなさい。イスラエルの神が、あなたの乞い願うことをかなえてくださるように」と答えた。ハンナは…それから食事をしたが、彼女の表情はもはや前のようではなかった。 (1章16~18節)
既に祈りは聞かれたとの確信し、晴れ晴れとした表情に変わったのです。結果は未だですが、既に得たり、と信じました。すべては、心を注ぎ出す祈りから始まっています。その祈りは、ハンナの信仰から出ています。
私は20歳の時、KGKの集いで女性の主事から「ハンナの祈り」を初めて聞きました。今もその時の感銘を思い出すことができます。この世には辛いこと、思い通りにならないことが多々ありますが、ハンナのように愚痴や批判ではなく、心を注ぎ出す祈りに向かうなら、そこから解決の糸口が開けてきます。ハンナは、後に偉大な神の人となるサムエルを授かります。この母にして、この子ありです。
