パウロ②:サウロとパウロ
千人隊長が、「わたしは、多額の金を出してこの市民権を得たのだ」と言うと、パウロは、「わたしは生まれながらのローマ帝国市民です」と言った。
(使徒言行録22章28節)

サウロとはユダヤ人としての名前で、ベニヤミン族出身のサウル王にちなんで名づけられたと思われます。生粋のユダヤ教徒で、ファリサイ派に属していました。一方、パウロとはローマ市民としての名前です。ラテン語で「小さい」の意味があります。時々、「サウロは回心した後、パウロに名前を変えた」と言うのを見聞きしますが、そうではありません。冒頭の聖句が示すように、パウロは生まれながらローマの市民権を持つ身分でした。ですから、ユダヤ人としての名前と、ローマ人としての名前の両方を有していたのです。彼の家庭は裕福で、身分の高い家柄だったのです。更に、当時の最高学府に当たるガマリエルのもとで律法について高く厳しい教育を受け、熱心に神に仕えていました。意気軒高で熱烈なユダヤ教徒でした。まさにエリート中のエリートだったのです。そんな彼を、キリストは捕らえたのです。サウル王を連想させるサウロと言う名は、「大きな」権力を持とうとしていました。だから、何のためらいもなくキリスト者を迫害しました。その最中に彼は打たれ、低くされました。それから、「小さい」と言う意味の名前パウロを、意識して使うようになったと思われます。「わたしは、神の教会を迫害したのですから、使徒たちの中でもいちばん小さな者であり、使徒と呼ばれる値打ちのない者です」(Ⅰコリント15章9節)と書いています。そんなサウロがキリストに捕らえられ、その僕となり、福音を命懸けで宣べ伝えるパウロに生まれ変わったのは、前回記した三日間の祈りによってでした。

パウロの手紙から
「わたしは、昼も夜も祈りの中で絶えずあなたを思い起こし…」(Ⅱテモテ1章3節)と、弟子のテモテに宛てて書いています。パウロは文字通り、昼も夜も祈り、執り成しをしていました。その上で、「絶えず祈りなさい」(Ⅰテサロニケ5章17節)と、人々に奨めています。彼自身、絶えず祈っていたから言い得た言葉です。また、「何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めている者を神に打ち明けなさい」(フィリピ4章6節)とも書きました。祈りはパウロにとって、生きる力そのものだったからです。