2026年10月4日
主日礼拝
①キリストの神様が唯一完全で最高・至上である、という視点を私達が祈り求め続けることは、聖書カウンセリングの究極の目的であり、あらゆる問題の根本的な癒し。私達が「全てを尽くして主を愛し(マタイ22:37等)」、超自然的な「人知を超えた主の愛と平安」に与れるように、と。私達が聖書を調べるのも、主様の御臨在を祈り求めるのも、その動機は人知を超えた神様の至上さに新たに気づき、「自分なりの義」に死んで『明け渡し』、真の「神の義」のいのちに贖われ続け(ローマ10:3)、神様ご自身の至上の喜びに参加したいから。何が究極の目的か?神様は人間の生死や後先や上下等を逆転する実績と実力を発揮し、私達に人生の『再解釈』を促し回復させ続ける。この内なる主戦場は、凄まじい霊的闘い(エペソ6:10-18)だから、神様は私達に祈り学び合う交わりを幾重にも励ます。 (高橋)
②創世記1章26-27節:神は御自分にかたどって人を創造された。人間は神のかたちに造られました。そして、神は全被造物を治める役目を託しました。最初の世界は調和と愛に満ちた極めて良いものでした。ところが、最初の人間アダムは神に背き罪を犯し、堕落します。その結果、人の中にあった神のかたちは傷つき、歪みます。そのことを神は深く嘆き、神のかたちである御子を人として遣わします。アダムによって失われたものを修復するために、キリストは最後のアダムとして来られたのです。人間は、神になろうとして堕落した。しかしキリストは仕える者となって、私たちを救い、回復します。だから、イエスさまに自分を明け渡し、心の王座に主としてお迎えすることです。そこから、神のかたちが回復し始めます。 (浜田)
先週,東京集会で行われた礼拝で録音された建徳です。
(建徳 2026-10-04 高橋姉、浜田兄(26:00))
