ヨセフは兄弟たちに言った。「わたしは間もなく死にます。しかし、神は必ずあなたたちを顧みてくださりこの国からアブラハム、イサク、ヤコブに誓われた土地に導き上ってくださいます。」 (創世記50章24節)
ヨセフは自分の死期を悟り、「私は間もなく死ぬ」兄たちに告げています。弟である自分の方が先に死ぬと。いかにヨセフの歩んだ人生が過酷であったか。だから兄たちよりも短命だった、と思われます。もし、ヨセフが死んだら、今までのような恵まれ安定した生活が異国のエジプトで営めるのだろうか、と兄たちは一抹の不安を抱いていました。それを知っていた弟ヨセフ。それで2回にわたって「神は、必ずあなたたちを顧みてくださいます」と繰り返しています。何と思いやり深いことでしょうか。
ヨセフは110歳まで生き、息子エフライムの孫(ヨセフのひ孫)を見ることができました。長男マナセの孫は、生まれるとヨセフの膝に抱かれます。そして、冒頭の聖句のように、「死んだら、私の骨をここから携え上ってほしいと」と頼んでいます。17歳でエジプトに無理やり連れ去られたヨセフ。20年後、兄弟たちに再会した時には、イスラエル人というよりエジプト人でした。言葉も顔つきも、そうでした。しかし、ヨセフの中に流れていたのは、別のもの(先祖たちからの信仰)でした。創世記はヨセフの死で閉じられていますが、自分の死を超え、後に続く子孫の歴史にまで思いを馳せていたのです。ユダヤ人は苦難の連続の中でいよいよ自分たちの民族の独自性と価値を、神の前で自覚していったのです。約300年間、ヤコブの子孫はエジプトで増え拡がり、イスラエル民族へと発展します。そして苦難に遭う。そこに救い手としてモーセが生まれ、同胞を奴隷の苦しみから解放し、約束の地へと導き上ります。それを記したのが、『出エジプト記』です。その13章19節に、次のようにあります。
エジプトを出る時、モーセはヨセフの骨を携えていた。ヨセフが「神は必ずあなたたちを顧みられる。その時、私の骨をここから一緒に携え上るように」と言って、イスラエルの子らに固く誓わせたからである。
つい2,3年前の話ではありません。ヨセフとモーセの間には300年の隔たりがあります。しかし、ヨセフの遺言は忠実に守られました。驚きです。かつて、ヨセフの曾祖父アブラハムに神は、「あなたたちの子孫は異邦の国で寄留者となり、四百年間奴隷として仕え、苦しめられる」(創15:13)と語られました。その予告の通りに実現しています。
