2026年5月24日
主日礼拝
①福音とは周囲の人に主をもたらすことです。それは難しいことではありません。私たちは意識しなくても、私たちのうちにおられる主を運んでいるからです。私たちが会社や買い物や病院や学校に行けば、それは主がそこを訪れたことになりますし、私たちの家族は毎日主に出会っていることになります。また私たちが何かで困り、ある人のお世話になっているなら、それは主が困り、その人のお世話になっているのです。その人はそうとは知らずに御国を継ぎます。さあ、わたしの父に祝福された人たち、天地創造の時からお前たちのために用意されている国を受け継ぎなさい。(マタイによる福音書25章)わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。
主を伝えるときの私たちにとっての問題は、何をするか何を話すかではなく、私たちが日頃どういう力で生きているかということです。 (中山C)
②使徒2章1~4節:五旬節(ペンテコステ)の日に聖霊が降ったのは、偶然ではありません。聖霊降臨は十字架・復活・昇天(イエスが父の右に上げられ、約束の聖霊が注がれた)の結果だからです。十字架と復活によって完成した救いが、信じる人々に降り、救われる人が収穫されるのが五旬節です。では聖霊はこの日に初めて働かれたのでしょうか。いいえ、聖霊は創造の時から、旧約時代にも働いていました。ただ特別な人にだけ降り、取り去られることもありました。だから、ダビデは詩編51編13節:あなたの聖なる霊を取り上げないでください、と祈りました。しかし、新約(ペンテコステ以降)では「すべての信じる者に・永続的に・内住する」という点が決定的に異なっています。何と幸いなことでしょうか。その恵みは主の十字架の贖いと復活による新しい命の結果です。ペンテコステの恵みを覚え、内なるイエスさまと共に歩みます。 (浜田)
先週,東京集会で行われた礼拝で録音された建徳です。
(建徳 2026-05-24 中山C兄、浜田兄(16:15))
