見よ、わたしがイスラエルの家、ユダの家と新しい契約を結ぶ日が来る、と主は言われる。 (エレミヤ31章31節)
アブラハムの子孫であり、神の選民であるイスラエル民族は、ソロモン王の死後、北と南に分裂します。そして、北王国が先にアッシリア軍に滅ぼされます。一方、南ユダ王国は100年後、バビロン軍に滅ぼされます。この敗北は、何を意味しているのでしょうか。自分たちの犯した罪により契約に違反し、アブラハムに約束された祝福を失い、一度形成した国家も消滅しようとしていました。そのような危機的な時代に、預言者として召されたのがエレミヤでした。エレミヤは敵国バビロンに降伏することを語りました。戦っても勝てないのは、バビロンの背後に神が働いておられるからです。それだけではなく、冒頭の聖句が示す「新しい契約」についても預言しました。旧約聖書では、神の国は民族としての国家という形を取っています。神の支配のもとでイスラエルの民がさまざまな形態をとり、その存続や盛衰が記されています。神の国を目に見える民族国家として記しているからです。それが旧約聖書です。
それに対して主イエスは、「神の国は、見える形では来ない」(ルカ17:20)と言われ、神の国=民族国家ではなく、人の心の中にある王国だと言われました。神の国が政治的国家という形を取るなら、絶えず戦い武力を増強しようとします。エレミヤは絶望的な状況の中で、新しい将来への希望を語ったのです。それを引き継いだ預言者ゼカリヤがいます。彼は新しい王として来られるキリストを預言しました。「見よ、あなたの王が来る」と述べ、軍事力を持つ王ではなく、雌ろばの子であるろばに乗って来る王だ、と。そのような王は、それまで見たこともない謙遜さを特徴とし、その王のメッセージは平和である、と預言しました。わたしはエフライムから戦車を、エルサレムから軍馬を絶つ。戦いの弓は絶たれ、諸国の民に平和が告げられる。彼の支配は海から海へ、大河から地の果てにまで及ぶ」(ゼカリヤ9章10節)。
悲惨な敗戦を、南ユダ最後の王ゼデキヤは見せられエレミヤの言葉に聞き従っていたら…と、幾度も悔いたことでしょう(列王記下25章6~8節)。時遅し。しかし国家が滅亡しても、神の民の希望はイエス・キリストにあります。
