2025年6月15日
主日礼拝
①テモテへの手紙Ⅱ3章16節:聖書はすべて神の霊の導きの下に書かれ、人を教え、戒め、誤りを正し、義に導く訓練をするうえに有益です。
テモテへの手紙Ⅱは、パウロが殉教する直前に書いた、テモテ個人に宛てた遺言のような手紙です。当時エペソ教会は、偽教師がウソの教えを広めていました。それに対する、息子のようなテモテを励ます中での言葉です。「神の霊の導き」の原語「セオプニューストス」は、「神の息を吹き込まれた」という意味の言葉で、聖書で唯一この箇所だけで使われています。「聞く」ことは主体が他者にあり、「読む」ことは主体が自分にあると言います。例えば、新聞やネット記事を読むように自分に必要なところだけを読む読み方が、主体が自分にある読み方だと思います。神の霊の導きで書かれた聖書の主体は神様にあります。それ故、聖書は、読むものではなく聞くもの、聞くように読むものなのです。 (小林)
②マタイ4章17節:弟子たちは言った。「ここにはパン5つと魚2匹しかありません。」
一万人もの人々に「パンを与えなさい」と、主は弟子たちに命じました。しかし手元には、パン5つと2匹の魚「しか」ありません。とても足りません。しかし主はそれを手に取って、天を仰いで賛美の祈りを唱えて裂きました。するとパンも魚も増えて、皆を満腹させました。この奇跡から教えられるのは、「~しかない」物を主が用いられたことです。持っているものを主に差し出す(献げる)なら、それは何千倍にも増えて人々を満腹させることができます。主イエスは私たちがどんなに小さく貧しくても、信仰によってそれを用いられます。そして、日々の当たり前の中にある小さな奇跡に、私たちも満たされるのです。だから、自分を見て「これしかない」と嘆くのではなく、「これがあります」と自分を差し出したい。そこに主が働かれます。 (浜田)
礼拝讃美歌490番 ♪尊きかな我さえ 愛し給う主の愛 十字の上に死をもて 示し給う主の愛・・・♪
礼拝賛美歌歌詞解説:485番♪墨よりも黒き 罪の身をも 雪よりも白く 主はなしたもう・・・(中山みつ姉)
先週,東京集会で行われた礼拝で録音された建徳です。
(建徳 2025-06-15 小林兄、浜田兄(19:00)、中山姉(35:10))
