2026年2月8日
主日礼拝
①ヨハネ1章19~34節:洗礼者ヨハネは偉大な人でしたが、非常に謙虚な人でした。自分は預言者イザヤが言った「わたしは荒れ野で叫ぶ声である」と。声はメッセージを伝えると、消えます。自分がほめられるなど論外。この人柄、品性に、深い感銘を受けます。彼は「見よ、世の罪を取り除く神の小羊」とイエスを指さして言いました。「取り除く」には、2つの意味があります。①担う。Ⅰペトロ2章24節:十字架にかかって、自らその身に私たちの罪を担ってくださいました。②取り除く。この①②を合わせ、まず私たちの罪を自らのものとして担うことによって、それを取り除かれたのです。どのようにして?十字架で死ぬことによってです。それを示すのが、神の小羊。小羊は過越しのいけにえを意味する言葉だからです。このイエスを指さし、証ししたのです。 (浜田)
②創世記41章40節:お前をわが宮廷の責任者とする。わが国民は、皆お前の命に従うであろう。衆院選の公約政策に共通して厳しい外国人対策があり、自国第一主義が懸念されます。先月の週報花かごに、外国人のヨセフが最高の地位に取り立てられたのは当時の王自身が外国人(セム系のヒクソス)であり、エジプトの歴史上、例外的な時代、神の摂理が働いたと述べられています。このようにイスラエル人は他国に外国人として寄留しつつ、信仰によって約束の地を熱望し(アブラハム、イサク、ヤコブはパレスチナやエジプトに寄留、モーセはエジプトの王子として成人し出エジプトへ、エステルはペルシャの王妃になりイスラエル民族絶滅を救う)、また他国からイスラエルに移住した外国人(ラハブやルツ)はダビデの系図に入り、イエス・キリストの系図が成立していることに、人類救済の神の愛と憐み、摂理が働いていることに気付かされます。 (柴川)
礼拝讃美歌99番:神の小羊よ 父の御神の 愛も御栄えも 御顔より照る 天地の君の 知恵と力を 明かに示して主とぞ讃える。
先週,東京集会で行われた礼拝で録音された建徳です。
(建徳 2026-02-08 浜田兄、柴川姉(21:00))
