ヨセフが兄弟たちに自分のことを打ち明け、号泣したことは、エジプトのファラオや家来たちにも知れ渡りました。王はヨセフに次のように言いました。
「兄弟たちに、こうするように言いなさい。『家畜に荷を積んでカナンの地に行き、父上と家族をここへ連れて来なさい。わたしは、エジプトの国の最良のものを与えよう。あなたたちはこの国の最上の産物を食べるが良い。だから家財道具などには未練を残さないように。エジプトの国中で最良のものが、あなたたちのものになるのだから』と言った。こうして、ヨセフの兄弟たちは、受けた贈り物と共に帰路に就いたが、送り出すとき、ヨセフは「途中で、争わないでください」と言った。
(創世記45章17~24節)
まことに行き届いた配慮です。兄たちは複雑な思いでいましたから、それを見越しての言葉になります。もう過去を振り返らず、これから開かれる前途に希望を持つようにと願ったのです。 兄弟たちはエジプトからカナン地方へ上って行き、父ヤコブのもとへ帰ると、直ちに報告した。「ヨセフがまだ生きています。しかも、エジプト全国を治める者になっています。」すると、父は気が遠くなった。彼らの言うことが信じられなかったのである。 (45章25–26節)
気が遠くなった=気絶する程の衝撃だったのです。父ヤコブの心臓は一時停止し、呼吸も止まりました。この時ヤコブは130歳。老いた身には、ショックが大き過ぎました。息子たちはあわてて、お父さん!と叫び介抱しました。やがて意識の戻った父は、息子たちの話を聞きます。そして、ヨセフが父を乗せるために遣わした立派な馬車(カナンには一台も無かった)を見せられます。本当だ、嘘ではない。夢ではない、現実だ。そこで元気を取り戻し、イスラエルは言います。「よかった。息子ヨセフがまだ生きていたとは。わたしは行こう。死ぬ前に、どうしても会いたい。」 (45章27、28節)
主が与えてくれるものは、最良にして最上のもの。ほどほどに良いものではありません。17歳の時、ヨセフが見た夢は、今や実現しようとしています。人生には上り坂・下り坂、そして、まさかと言う坂があります。ヨセフの人生はそのまさかの連続でした。死んだと思わされていたヨセフがまさか生きていたとは。
