「わたしは、今日になって自分の過ちを思い出しました。…そこには、侍従長に仕えていたヘブライ人の若者がおりまして、彼に話をしたところ、わたしたちの夢を解き明かし、それぞれ、その夢に応じて解き明かしたのです。そしてまさしく、解き明かしたとおりになって…」 (創世記41章9~13節)
これは給仕役の長が、ファラオに話した言葉です。これを聞いた王はヨセフを呼びに遣った。ヨセフは牢獄にいたが、そこから連れ出され、散髪をし、服を着替えてから、ファラオの前に出た。エジプト王は歴代「ファラオ」と呼ばれていました。この時のファラオは17歳だったと言われます。対するヨセフは30歳になっていました。普通、囚人の奴隷が王の前に呼び出されるとしても、用が終われば再び元の囚人に戻されました。ところが、ヨセフの場合は違いました。囚人でも、奴隷でもなく自由人として、しかも、エジプトの最高位に任命されました。エジプト人でもない外国人を、国の要職に取り立てるのは意外に思われますが、それはこの時代のファラオ自身も外国人(ヒクソスと呼ばれるセム系民族の人)だったからと思われます。その意味で、長いエジプトの歴史に於いて、ヨセフの時代は例外的な時期だったのです。そこにも神の摂理が働いています。
ファラオはヨセフに言った。「わたしは夢を見たのだが、それを解き明かす者がいない。聞くところによれば、お前は夢の話を聞いて、解き明かすことができるそうだが。」ヨセフはファラオに答えた。「(夢を解き明かすのは)わたしではありません。(神です)神がファラオの幸いについて告げられるのです。」 (創世記41章15,16節)
そこでファラオは、自分の見た2つの夢について話します。ヨセフは「王の夢は、どちらも同じ意味でございます。神がこれからなさろうとしていることを、王にお告げになったのです。7頭の雌牛は7年の豊作を意味し、その後に見た7頭の痩せた醜い雌牛は7年の酷い飢饉がエジプトを襲う意味です、と告げます。だから、王は今すぐ聡明で知恵のある人物を選んで、国政に当たらせるべきことを進言したのです。それを聞いたファラオと家来たちは皆、ヨセフの言葉に感心した(41章37節)。17歳のファラオは、次の決断を下す。
