2024年6月16日
主日礼拝
《建徳要旨》
①マラキ書3章20節:「あなたたちは牛舎の子牛のように踊り出て跳び回る。」
反抗する民に対しても、神は希望を与えて旧約聖書は終ります。そしてイエス様を待ちます。旧約は、まだ福音の恵みが与えられていない時代の物語であるため、聖書を貫く神様のご計画、福音に沿って読まなければ、単なる律法主義になる恐れがあります。字面だけでなく、時代背景を理解して文脈で読む必要があるため、旧約を読むことは私にとってはまだまだ難しいです。例えば、「十分の一の捧げ物をすべて倉に運び、わたしの家に食物があるようにせよ。」(3章10節)この御言葉は、ひどい格差社会で不正と貧困がはびこる中、「これによって、わたしを試してみよと」(3章10節)神に立ち返れという神様のチャレンジであり、困窮する弱者に対する労りの心でもあることを考えなければなりません。旧約を通してイエス様を知ることで、福音の恵みの大きさがもっとはっきりと浮かび上がってきます。ゆっくりご一緒に旧約聖書を味わっていきましょう。 (小林)
②マラキ3章6節:まことに、主であるわたしは変わることがない。
イナゴの被害に遭ったのは、神の心が変わったからだと不満を抱く民に対する神の言葉です。神は決して変わらない御方。相手がどのような態度を取ろうと、又相手がどのような人であろうとも態度を変えられない真実で誠実な方。「わたしたちが誠実でなくても、キリストは常に真実であられる」(Ⅱテモテ2章13節)。だから信頼できる。私たちがどんなに罪深くても、神は変わらない。更に、神は昨日も今日も、永遠に変わらない御方。それに対して、時間と共に移り変わるのが私たち。相手次第でくるくる変わるし、昨日と今日で違ってしまうから、何とも不誠実。そこで前述のマラキは、「神は変わらないが、あなたたちは欺く者ヤコブの子であることを止めなかった」と指摘しています。そして、神に立ち帰れ、十分の一の献げ物で立ち帰れと語ります。 (浜田)
礼拝讃美歌 254番:昨日も今日も永久に変わりなき イエスのみことばの慕わしさ 赦しと恵みを今日もなお イエスは変わりなく与えたもう
(折り返し)よし世の全ては変わるとも 変わりなきイエスに栄えあれ 栄えあれ 栄えあれ 変わりなきイエスに 栄えあれ
先週,東京集会で行われた礼拝で録音された建徳です。
(建徳 2024-6-16 小林兄、浜田兄(21:00))