2022年8月28日
主日礼拝

《建徳要旨》

黙示録21章1節:もはや海もなくなった。
聖書で海は、絶えず揺れ動く悪の象徴。荒れた海は船もろとも人を呑み込み、死に至らせます。荒れ狂う海を前にして、人は為す術もありません。そうした海だけでなく、悲しみ、嘆き、労苦、呪いも無くなる。今年の聖書講習会で取り上げる、船乗りの三吉らが遭遇した漂流の厳しい現実を知り、海がなくなる意味を知ります。そして、コロナ禍や異常気象などの住みにくい環境下でも、平穏な毎日は「当たり前」ではなく、どれほど有り難く、感謝な事かと思わされたのです。
詩編107編には、困難・災いの1つである海での遭難が25~32節にあり、「主は嵐に働きかけて沈黙させられたので波はおさまった。彼らは波が静まったので喜び祝い、望みの港に導かれて行った」とあります。望みの港とは、イエス・キリストです。そこに導かれるための嵐だったのです。マタイ8章23~27節。     (K・H)

ルカ11913節 求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。・・・まして天の父は求める者に聖霊を与えてくださる。
主は私たちに「主に対して何を」求めなさいと言われるのか?原文の動詞の時制を直訳すると、求め続けよ、自分でも探し続けよ、願い求めて主の門をたたき続けよ、となります。主は主ご自身に願い求める者に聖霊、霊的な賜物を与えてくださいます(1コリント12章、14章)。私は、ご復活された主が天に上げられる前に言われた「福音を宣べ伝えなさい」(マルコ16:15)が、私たちへの最も大事なご命令だと思い、どうか私たちが、主から霊的な賜物を与えて頂き、伝道できるように、自分の生き方を通して主を証しできるようにしてください、と主に執拗に求め続けます。   (S・K)

 先週ライブ配信された建徳の録音です。

(建徳 2022-08-28 K・H兄、S・K兄(21:40))