2022年4月3日
主日礼拝
《建徳要旨》
①マタイ9章9~13節:「イエス様に招かれて従ったマタイ」
イエス様は一体どういうお方なのか。約3年間おそばに従っていた弟子たちも、それがはっきりと分からず、悩みました。そしてペンテコステで聖霊に満たされた時に、彼らはイエス様は本当に神の子だと劇的に悟りました。徴税人マタイは人々から憎まれていて、自分は罪人だとの自覚に悩み苦しみ、「神様、罪人の私を憐れんでください」とずっと祈っていたのでしょう。ですから、彼が街道沿いの収税所で勤務中、通りがかった有名な若い伝道者イエス様から、終生私に従いなさいと招かれた時、驚き、喜び、すぐに一切を捨てて従いました。マタイはイエス様のなされたお話と御業をしっかりと記憶し、罪を悔い改めどうぞお赦しくださいと神に祈って救われた自分と、自らを正しい者としてまったく悔い改めず、ついにイエス様を殺したファリサイ人などを比べてその違いを分析し、自分が悟ったイエス様のお人柄と言動を旧約聖書の預言と結び付けて深く考え、福音書を書きました。イエス様はマタイの家での宴会の席で、イエス様のことを「聖くあるべき伝道者が汚れた罪人たちと一緒に食事をするのか」と批判したファリサイ人たちに対して、彼らもよく知っているホセア書6章6節を引用して「信心深そうな振りをするのではなく、神様が求めておられる、隣人愛を実践する者になりなさい。そのために神様を深く知りなさい」と言われました。イエス様に従ったマタイの生涯の節目節目を思いながら、マタイ福音書を何度も読み、神の御子イエス様を頭だけで理解するのではなく、その素晴らしさを真に悟らせてくださいと祈ります。 (S・K)
先週ライブ配信された建徳の録音です。
(建徳 2022-04-03 S・K兄)