2023年3月5日
主日礼拝
《建徳要旨》
①マタイ20章32節:イエスは「何をしてほしいのか」と言われた。盲人は、「主よ、目を開けていただきたいのです」と言った。
盲人が願ったのは、目が開くこと。闇の世界から光の世界に移されること。主は、それを御存知の上で、「わたしに何をしてほしいのか」と尋ねられます。願いを1つに集中することが大切だから。たとえ止められようとも、主に向かって求めることです。すると「わたしにそれができると信じるのか」と言われ、2人は「はい、主よ」と答えました。信じて願いました。主は盲人の目に手を触れ、「あなたの信じている通りになるように」と言われると、目が開きました。イエスは、あなたの信仰があなたを救った、とも言われます。ここで求められるのが信仰です。キリストにはできる、と信じることです。半信半疑ではなく、幼子のように信じて願うことです。その信仰に比例してキリストの恵みが注がれます。イエスは私たちにも、「わたしに何をしてほしいのか」と問われ、「主イエスにはできる」と信じて願う者でありたい。 (K・H)
②テサロニケの信徒への手紙一5章23節:・・また、あなたがたの霊も魂も体も何一つ欠けたところのないものとして守り・・。
人は霊、魂、体から成る、と意識させられた。霊なる神は、人を土の塵で形作り(人の魂と体を作り)、その鼻に命の息(霊)を吹き入れられ、人は生きる者となった(創世記2:7)。「人の魂(心、気持ち、思い)と体」は土の塵から成り、人が死ねば大地に帰る。一方、「人の霊」は神から与えられ、天に属する。人が死ねばその人の霊は、与え主であられる神の御許に帰るが、永遠に生かされている。人は、その人の内にある霊に与えられている神の霊によって、霊なる神と深いお交わりをさせて頂ける。ところで、聖霊なる神は、人の霊にすべてのことを教えて下さる。最近、霊について少し理解を深めさせて頂けて、ロマ書8章、一コリント2章が分かって来て喜んでいます。 (S・K)
先週,東京集会で行われた礼拝で録音された建徳です。
(建徳 2023-02-26 K・H兄、S・K兄(19:40))