獣に尋ねるがよい、教えてくれるだろう。空の鳥もあなた告げるだろう。(ヨブ12章7節)
一か月前のブログに、9羽いた子ガモが2か月後には、2羽にまで減ったと書きました。野生動物は、厳しい環境の中で生きていることが分かります。
毎日公園に行き、2羽の子ガモと母ガモの姿を見るのが楽しみでした。生まれて2ヶ月以上経つと、親子の識別が難しくなるほど子ガモは成長します。それでも子どもは子どもです。母親はいつも一緒にいます。ところが、2週間ほど前から、母鴨の姿がありません。どうも子ガモ2羽だけのようです。子どもを置いて、どこかへ行ってしまったようです。子どもが成長し、自分が居なくても大丈夫と判断したのでしょう。隣りにいた人が、「人間なら、子どもが引き籠りになっても、ご飯などの面倒をみるよね」と言いました。生きる厳しさに耐えられなくなって、どこにも行けずに引き籠るなら、カモの世界では生きていけません。そんなことを考えさせられました。
2羽の子ガモは、兄弟なのでしょうが、体の大きさや食べっぷりが違うのです。一週間ほど前から、体の弱そうな1羽だけになっていました。あれ、もう1羽はどこへ行ったのだろう?恐らく、母親の後を追って旅立ったのでしょう。残された1羽は淋しそうにも、また、体に軽い障害があるようにも見えました。呼ぶと近くに来たので、パンを与えると喜んで食べるのでした。それが3日前のことです。
翌日も、その次の日も公園に行き、子ガモの姿を探しましたが、どこにも居ません。遅ればせながらも、旅立ったのに違いありません。親も兄弟も居なくなり、1羽だけ残されて、必死で頑張ったのでしょう。もし親が側に居て助けていたら、いつまでも自立できないままだったに違いありません。このことから、冒頭の聖句を思いました。続いて、彼らはみな知っている。主の御手がすべてを造られたことを。すべて命あるものは…御手のうちにあることを(ヨブ12章9,10節)、とあるのです。子ガモは神に助けを求め、神は力を与えて皆の居る場所まで飛ばせてくれたのでしょう。最後に頼るべきは、創造主なる神なのです。それで母ガモは子ガモ置いていったのだな、と。また来年の初夏に、今年と同じ出来事が起きる事を願って、カルガモの話を終えます。(2020年9月4日)