大規模にことを起こし 多くの屋敷を構え、畑にぶどうを植えさせた。 庭園や果樹園を数々造らせ… (コヘレト2章4~8節)
知恵者としても知られたソロモン王は3つの書を残しました。若い時に雅歌を書き、壮年期に箴言を書きそして、晩年に記したのがコヘレト書。栄華を極めた自らの生涯を振り返り、ソロモンは満足よりも空しさを痛感していたことが、この書から分かります。
知恵を追い求め、人々から賢者と称賛されますが、世の知恵に潜む狂気と愚かさに気づいたことを1章で吐露しています。次に、彼が追い求めたものは快楽。わたしはこうつぶやいた。「快楽を追ってみよう、愉悦に浸ってみよう。」見よ、それすらも空しかった。(2章1節)そう結論付けてから、具体的な内容が4~8節に記されています。酒で肉体を刺激し、愚行に身を任せたコヘレト。冒頭の聖句が、その書き出し。豪邸を構え、贅を尽くして庭園や果樹園など造り、池を掘らせ、木々で茂る林を造成しています。ソロモンは神殿建設の後、自分の宮殿建設に13年を費やしました。金銀を蓄え、国々の王侯が秘蔵する宝を手に入れた。男女の歌い手をそろえ、人の子らの喜びとする多くの側女(そばめ)を置いた(2章8節)。コヘレトがソロモンだと言われる所以は、こうした贅沢が出来たのは彼以外に考えられないからです。ここまでのことが出来ているのに、快楽も空しいというのは何と贅沢でしょう。
翻訳では表されていない言葉が2章4~8節に,8回も繰り返されています。その言葉とは、私のために、です。コヘレトは全部、自分のためだけにしているのです。自分のために大邸宅を建て、自分だけの快楽のため宝を集め、性の快楽、食の快楽に贅を惜しまなかったのです。誰か人のためではない、困っている人、食に欠ける人のためにではない、自分の欲望を満たすことだけを追い求めた、と正直に述べています。共に喜びを分かち合う人がいない快楽の空しさ、豪邸に独りだけ住まう寂しさを、コヘレトは味わったに違いない主イエスが愚かな金持ちと呼んだ人は、大豊作の時、それを人に分け与えるよりも、前の蔵を壊して、もっと大きくして全部蓄え、これで何年も命は大丈夫と考えた人。自分のために富を積んでも、神の前に豊かにならない者だから愚かなのです(ルカ13章16~21節)。