ダビデが傍らで竪琴を奏でると、サウルは心が安まって気分が良くなり、悪霊は彼を離れた。
(サムエル上16章23節)

心を病んだサウル王は、神から見捨てられる恐怖と不安に、突如襲われる時がありました。そんな時、ダビデが呼ばれ、竪琴を奏でました。すると王の心は、一時的ですが癒され、正常に戻りました。ダビデは、祈りを込めて竪琴を奏でたのでしょう。言葉がなくても祈れるように、神様は音楽をくださった、のです。あるいは竪琴を奏でながら、自作の詩編を口ずさんだかも知れません。音楽と賛美は人の心を癒します。

リラ・プレカリア(祈りの竪琴)を始めたキャロル・サック姉がテレビで取り上げられ、再放送もされました。彼女は、孤独のまま死んで逝く、ホームレス状態だった人々(主に男性)のベッドサイドへ行き、ハープを奏でながら賛美します。そうした活動の原点は、中世フランスの修道院にあります。聖なるものに触れる修道院では、音楽が大切な役割を担っていました。修道士が亡くなる最期を迎えた時、仲間が集まり、彼の傍らで賛美歌を歌い、祈りが献げられました。それが伝統でした。賛美と祈りの中で、主に召されていく最期。それを現代に再現したい、と彼女は願ったのです。そしてハープを習い、グレゴリオ聖歌やテゼの賛美などを交えて祈りながら語りかける奉仕を始めました。人生に落伍し、孤独の内に惨めな最期を迎える人々がいます。死んで、居なくなったことも覚えられない人々がいるのです。そうした人の所に出向き、「あなたは神に愛されている大切な人です」と語りかけます。それと同時に、ハープの音色が祈りを通して魂に届くのです。イエス・キリストの十字架の愛が、祈りを通して人を癒すのです。

誰でも最期の時を迎えます。その時、祈りと賛美に囲まれながら、主イエスの御許に召されて逝きたいものです。音楽の力をダビデは、竪琴演奏で発揮しました。サウル王の病んだ精神を癒したダビデ。現代は、うつ病や引き籠りなど精神的な問題で苦しむ人々が多くいます。だから、ダビデのように祈りが献げられ、渇いた魂、不安に苛まれる心が癒される、その使命が私たちにも与えられています。私たちの礼拝が、そのような場となることを、切望してやみません。