2021年9月12日
主日礼拝

《建徳要旨》

「涙の抱擁」

創世記45章24~28節、②46章1~7節、③28~30節を、お読みしますが、情景を思い浮べながら聞いてください。

①まさか・・あのヨセフが・・・。途中で、争わないでください。細やかな心遣い。22年前のうそ、ヨセフは野獣に噛み殺されたと言って、血がべっとりついたヨセフの服を見せた。父は信じた。だまされたのですが、ヤコブ自身、父イサクをだまして兄エサオウの祝福を横取りしました。だませばだまされる、自分がしたように人からされる。それは昔も今も変わらない。ヨセフが生きていると言われても信じられないでいる父にエジプトの馬車を見せた。カナン地方には1台もない高級車。それを見て信じた父ヤコブは、息子ヨセフに会いたい、と強く思う。

②一家70人全員でエジプトに移住する一大決心をします。ヨセフの言葉を信じたから。45章20節:家財道具などには未練を残さないように。エジプトの国中で最良のものが、あなたたちのものになるのだから。何かを捨てようとすると未練が出て、捨てられない。しかし、更に良い物、いや最良のものが与えられると分ったら、捨てられます。永遠の命とこの世の命の関係も同じ。エジプトに下る途中のベエル・シェバで、ヤコブは神を礼拝します。そして、約束の言葉を与えられ、ヨセフが最期を看取ってくれる、と。

③22年ぶりに、父ヤコブは息子ヨセフと再会します。涙の抱擁。一族だけでなく、ファラオの高官たちも見た。そして、共に涙したでしょう。もう死んでも良い、とヤコブは言った。10人の兄たちは、自分たちの犯した過去の罪を思いつつも、救われる思いでした。ヨセフは老いた父を見て、済まないことをしたと涙が止まらない。父はただもう嬉しくて泣いている。

2002年10月、北朝鮮に拉致された5人の人が日本に帰り、親たちと抱き合った。涙の抱擁を私たちもテレビで見ました。良かった・・でも・・横田滋・さきえ夫妻は自分の娘横田めぐみを待っている。死んだと言われるがめぐみは生きている、死ぬ前にどうしても会いたい、そして13歳のときからの長い年月を忘れる涙の抱擁を夢見たでしょう。しかし、昨年、滋さんはめぐみさんを思いつつ亡くなった。そこに主の十字架を見ます。

さて、ヤコブはこの時130歳。それから17年、本当に幸いな17年だったでしょう。聖書は私たちに約束します。いろいろ大変な事があったとしても、神は最後には一番良い日々を残してくださる、と。最後にルカ15章11~24節。イエス様が語られた放蕩息子のたとえ話。息子を抱きしめながら、ヤコブの心境だったかも知れません。「この子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから。皆、一緒に喜んでくれ」と言っています。放蕩息子とヨセフは真逆ですが、主イエスはヨセフ物語を踏まえて、この譬話をされたことが分かりました。愚かで罪深い私でも、主の十字架ゆえに、父神に抱きしめられ、喜ばれていることを知らされ、感謝するばかりです。


  先週ライブ配信された建徳の録音です。

(建徳 2021-09-12 K・H兄)