主の言葉がわたしに臨んだ。「エレミヤよ、何が見えるか。」
わたしは答えた、「アーモンドの枝が見えます。」 (エレミヤ1章11節)

 寒風の中だと、つい縮こまりがちになります。寒がりの私は特にそうです。そんなある日、何気なく庭の梅を見ました。何と、たった一輪、白い花を咲かせているではありませんか。驚きました。最も寒いこの時期に、それにも負けないで花を咲かせた梅の花に、生きる勇気をもらった瞬間でした。もう何年も前のことですが、今も、茅ケ崎で過ごしていたその時のことが思い出されます。背中を丸めるのではなく、胸を張って生きよう、と。

預言者エレミヤは寒さの中で、「何が見えるか」と主に尋ねられます。彼は目を上げ、そこにアーモンドの花と枝を見ます。1年で一番早く咲くのがアーモンドの花だからです。それは桜の花にそっくりですが、内実は梅の花と同じで、寒風の中で花を咲かせます。イスラエル旅行に行った2月に、私もその花を見ました。そして神を思いました。

寒いこの季節、落葉樹は葉っぱ1枚も見えません。裸木です。枯れ木のようにすら見えます。春はまだまだです。ある動物たちは冬眠し、木々も死んだようになっています。時代も、そのようです。そんな時、神はエレミヤに冒頭の言葉をかけます。続けて、「あなたの見るとおりだ。わたしは、私の言葉を成し遂げようと見張っている」と、神は言われます(12節)。「アーモンド」と「見張っている」は原語では殆ど同じです。神はすべてを見ておられるのです。そのことをエレミヤに教えました。そして、これから起きる事を民に語ったのです。

今、世界中がコロナ禍で、冬枯れの様相を呈しています。生きるのもままならない厳しさに襲われています。そのすべてを神は見ておられます。そこに希望があります。新しい世界が始まろうとしているのです。早春賦という歌がありますが、寒さの中で咲く梅の花のようでありたい、と願います。どんな困難や生き辛さの中に置かれようとも、上からの力をいただいて一輪の花を咲かせましょう。やがて、神の働きによって、この世界は花園に変わります。その日を今、待ち望んでいます。(2021年1月31日)