①このような時にも、ヨブは神を非難することなく、 罪を犯さなかった。 (ヨブ記1章22節)
②このようになっても、彼は唇をもって罪を犯すこと をしなかった。 (ヨブ記2章10節)

ヨブは、知・情・意をも支配できる超人ではない。私たちと同じ心情を持っている。けれどもヨブ記1章の悲劇に遭遇しながらも、ヨブは「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ」と、言った。子ども全員、財産全部を瞬く間に奪われた直後の言葉を読み、感動しながらも「自分には無理」と思ってしまう。皆、同じはず。だから、ヨブが信仰的な超人に思えてしまう。①はそれに続く聖句。このような時にも、ヨブは神を非難することなく、罪を犯さなかった。

壮絶な試練は続き、ヨブ自身の上に驚くべき病が襲いかかった。熱と痒(かゆ)みと疼(うず)きに呻吟する毎日が続く。見かねた妻は、「あなた!こんなになってもまだ神を敬うのですか。神を呪って、死ぬ方がましでしょう」と言った。それを聞いたヨブは、静かに諭すように「愚かなことを言わないでほしい。これまで、神から幸福をいただいたのだから、目の前の不幸もいただこうではないか」と言った。それに続くのが冒頭②の聖句。①との微妙な違いに気づく。それは「唇をもって」。ここはこう読める。唇では罪を犯さなかったが、心の中では葛藤が始まっていた、と。神への信頼と疑いの間を揺れる葛藤。かつてのヨブが抱いたこともない心情が芽生えていた、と読める。だから、唇をもっては、神を呪う罪を犯さなかった、とある。

それに追い打ちをかけたのが、3人の友人の見舞いと7日7夜続く長い沈黙。沈黙には2種類ある。相手に耳を傾けようとする沈黙と、疑惑を膨らます沈黙。ここでは後者の沈黙になる。今まで理想的な信仰者であり、素晴らしい言葉を口にしてきたヨブであったがここで遂に、くず折れてしまう。それでも神を呪うことはせず、代わりに自分が生まれた日を呪ったヨブ。3章に、その言葉が記されている。真実に痛ましい。

ヨブ記に記された詩句は、実際の対話や論争の速記録ではない。作者がいて、神からの啓示と霊感を受け構成を考え42章にまとめた。では、なぜ神は「ヨブよ、実はサタンが…」と打ち明けなかったのだろう。